営業時間12:00~23:00

BarBarBar音楽院 045-681-5667

for Students
お知らせ

2019.06.29スタッフブログ

今月お薦めの1枚: ジャズ・ヴォーカル編~アーネスティン・アンダーソン「ホット・カーゴ」

今月のジャズ・ヴォーカルのお薦めの1枚は、1940年後半から2000年代前半まで約60年近くにわたり、ジャズ・ヴォーカル界でトップ・アーティストの一人として活躍したアーネスティン・アンダーソンがその長いキャリアを通し発表した30枚以上のアルバムの中から、多くのファンやジャズ評論家から高く支持されて来た代表的アルバムの一枚で、ジャズ・ヴォーカルの定番的なスタンダード曲を中心に、全17曲収録されたアルバム「ホット・カーゴ(Hot Cargo)」を選びご紹介したいと思います。

アーネスティン・アンダーソンは1928年にテキサス州ヒューストンで生まれました。父親は建設業に従事しながら、趣味でゴスペル・グループに参加していた程の音楽の愛好家で、幼少時代のアーネスティンは、家の中で絶えず両親がかけるベッシー・スミスやマディ・ウオーター等のブルース歌手のレコードが流れている様な音楽的にも恵まれた環境の下で育ったと、後にジャズ専門誌の取材で語っています。そして幼少時から歌手としての才能を表し始めていたアーネスティンは、ほどなく地元の教会で歌ったり、ゴスペル・グループでソロ・パート等を歌う様になります。12歳の頃には祖母の勧めで地元での歌唱コンテストにも参加し、伴奏のバンドに自分の声域には合わない間違ったキーを言ってしまいましたが、合わない部分を即興のアレンジで乗り切り、終わった後にバンドのメンバーから「君は立派なジャズ・シンガーだよ」と褒められた様です。

その後 一家はアーネスティン16歳の時に、ワシントン州のシアトルに移住し、地元の高校に進学しますが、この頃から早くも才能を認められシアトル市内のライブ・ハウス等で歌い始めます。その伴奏の楽団には、後に音楽界のスターになる、若き日のクインシー・ジョーンズがトランペットで、レイ・チャールズがキーボードで参加していたという逸話も残っています。そして18歳の時には、ジョニー・オーティスの楽団の歌手として初めての演奏ツアーにも出かけ、演奏実績を積み重ね、1952年24歳の時には遂にジャズ界のレジェンドの一人、ビブラフォン奏者ライオネル・ハンプトンの楽団の歌手として本格的なツアー・デビューを果たします。そしてこの楽団で過ごした約1年間で自信を付けたアーネスティンは、その後ニューヨークに居を構え、ジャズ・シンガーとして生きていくことを決意します。

そして1955年には、サクソフォン奏者ジジ・グライスの リーダーアルバム「Nica's Tempo」のレコーディングに初参加し、この時の録音メンバーの一人でトランぺッターのロルフ・エリクソンと3ケ月の北欧ツアーに出かける等、活動の幅を徐々に拡げていきます。

その後、1958年には今回ご紹介する「ホット・カーゴ」をマーキュリー・レコードからデビューアルバムとして発表しますが、当時アメリカのジャズ評論家の代表格で有ったラルフ・グリーソンに高く評価され、自身がDJを務めていたラジオ番組で頻繁にこのアルバムをかける様になり、また彼は担当していたジャズ専門誌のコラムでも、「アーネスティン・アンダーソンはここ10年間で最高のジャズ・シンガーの新人だ。発声法、タイム感覚、フレーズを上手く歌い上げる凄い能力、そして声の暖かさが素晴らしく、そして何よりも狂おしいほどにスイングする」と絶賛し、この記事は全米ジャズ・シーンで大きな話題になりました。そして翌年の全米で最も権威の有るジャズ専門誌「ダウンビート」の人気投票では新人賞を当然の如く受賞しました。

その後 1960年代に入ると、アーネスティンは他のジャズ・アーティストと同様に、このロックン・ロールが音楽の主流になり、ジャズの仕事が激減したアメリカを一時離れ、イギリスのロンドンに移住しますが、彼女自身は「このロックン・ロール中心のアメリカの状況はそれ程長くは続かない」と語っていた様に、1970年代に入ると、母国アメリカでのジャズの関係の仕事も徐々に増え始めます。1976年には60年代終わりから開始され当時ジャズ・ファンの間で大きな人気を集めていた「コンコルド・ジャズ・フェスティバル」に出演を果たして大きな話題を呼び、翌年にはコンコルド・レコードからアルバムを発表。その後は1993年にコンコルド・レコード所属を離れるまでの17年間に20枚のアルバムを発表し、その内の2枚はグラミー賞のベスト・ジャズ・ヴォーカル部門賞にノミネートされました。またこの間、カーネギーホールやハリウッドボウル、そしてケネディ・センター等アメリカ国内の名門ホールでの出演や、国外では、ドイツやオーストリア、ブラジル等世界中のジャズ・フェスティバルへの出演等、演奏活動も幅広く展開しました。

1993年にコンコルド・レコードを離れた後は、シアトル時代のジャズ仲間で有ったクインシー・ジョーンズの立ち上げたクエスト・レーベルと契約し、ブルース色の強い 「Blues, Dues & Love News」他計2枚のアルバムを発表し、これら2枚のアルバムもグラミー賞にノミネートされました。

その後も幾つかのレコード会社と契約を交わしながらアルバムを晩年まで精力的に発表し、生涯で30枚以上のアルバムを残したアーネスティン・アンダーソンは、2016年3月にワシントン州ショアラインで、家族に見守られ静かに87年の生涯を閉じました。

今月は、アーネスティンが生前発表して来た数多いアルバムの中から、初アルバムと言うだけでなく彼女の最高傑作の一つとして多くのファンやジャズ評論家から評価、支持されて来たアルバム「ホット・カーゴ(Hot Cargo)」を選びご紹介したいと思います。

 

Ernestine AL._SY355_

アーネスティン・アンダーソン


Ernestine Anderson 


ホット・カーゴ


Hot Cargo


ライオネル・ハンプトン楽団を辞してソロ歌手として活動を始めたアーネスティン・アンダーソンがマーキュリー・レコードと契約し、1958年に初めて発表したのが今回ご紹介する「ホット・カーゴ(Hot Cargo)」です。

このアルバムはスエーデンで録音され、伴奏はビッグ・バンドの他、当時北欧に在住していた名ジャズ・ピアニストで日本でも人気の高いデュ-ク・ジョーダンのトリオも伴奏を務めています。「Our Love Is Here to Stay」「That Old Feeling」「Love for Sale」等スタンダード曲を中心に全17曲が収録されています。

BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当院でジャズ・ヴォーカルのレッスンを受けている方、そしてこれから当院でジャズ・ヴォーカルのレッスンを受けようと思っていらっしゃる方にも、参考用に是非お薦めしたいと思います。

< 収録曲リスト>

  1. Zing!Went the Strings of My Heart

  2. Mad About the Boy

  3. Did I Remember?

  4. Day Dream

  5. Our Love Is Here to Stay

  6. Experiment

  7. That Old Feeling

  8. The Song Is Ended

  9. Super Time

  10. Love for Sale

  11. Autumn New York

  12. Y0u Go to My Head

  13. My Man

  14. Looking for a Boy

  15. III Wind

  16. Little Girl Blue

  17. Wrap Your Troubles in Dreams

BarBarBar音楽院