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2020.02.25スタッフブログ

今月お薦めの1枚:ジャズ・器楽編~ ジェイムス・ウイリアムズ “アイ・リメンバー・クリフォード(I Remember Clifford)”

今月お薦めの1枚~ジャズ・器楽編は、53歳の若さで亡くなったため、ジャズ・ピアニストとしてのキャリアは比較的短かったものの、安定した演奏技術と高い音楽性で、著名アーティストからの求めに応じ数多くの共演を果たし、また作曲家としても、多くのアーティストへ曲を提供していた、ジェイムス・ウイリアムズ(James Williama )が、生前残した20近いリーダー・アルバムの中から、「アイ・リメンバー・クリフォード(I Remember Clifford)」を選び、ご紹介したいと思います。

ジェイムス・ウイリアムズは、1951年にテネシー州メンフィスで生まれました。正式にピアノのレッスンを受ける様になったのは13歳の頃の様ですが、直ぐに鍵盤奏者としての才能を発揮し、地元の教会でオルガン奏者として7年近く演奏をしていた様です。

その後、より本格的に音楽を学ぶために、地元のメンフィス州立大学に進学して音楽の学位を取りますが、在学中は同じメンフィス出身で、後に同じく著名ジャズ・アーティストになるピアニストのマルグリュー・ミラーらとも親交を重ねる一方、やはりメンフィス出身の著名ジャズ・ピアノのフィニアス・ニューボーン・ジュニアを信奉し、その演奏技術等をかなり深く研究していた様です。

そして22歳の時には、ボストンのバークリー音楽院での教員としてのポジションを得て、メンフィスから同地に移住します。演奏活動の方も、ボストン移住1年後には、ジャズ・ドラマー アラン・ドウソンのグループに参加し、そこでの演奏が多くの著名アーティストの注目を集め、そしてジャズ・トランペット奏者アート・ファーマー、ジャズ・サクソフォン奏者ソニー・スティット、ジャズ・ギター奏者パット・マルティーノ等と数多くの共演を重ね、これらのアーティストのリード・アルバムの録音にも参加。着実にジャズ・ピアニストとしてのキャリアを積んで行きます。そして1997年には最初の リーダー・アルバムを発表し、またアルバム制作活動の傍ら、自作曲を中心としたコンサートも行っていた様です。

その後、ジャズ・ドラマー アート・ブレイキーと出会い、誘いに応じ、アート・ブレイキー率いる人気グループ ジャズ・メッセンジャーズに参加するために、バークリー音楽院での教職を辞します。 ジャズ・メッセンジャーズには4年間在籍し、この間10枚ものアルバム録音に参加しますが、この頃のジャズ・メッセンジャーズは、ジャズ・トランペット奏者ウイントン・マルサリスや、ジャズ・サクソフォン奏者ボビー・ワトソンら多くの新進気鋭のアーティストが参加しており、ジェイムス・ウイリアムズも大いに刺激を受けたと思われます。 1981年にジャズ・メッセンジャーズを辞した後も、ジェイムスはボストンに留まり、再びアラン・ドウソンのグループに参加する一方、ジャズ・サクソフォン奏者ジョー・ヘンダーソンやベニー・カーター、ジャズ・トランペット奏者クラーク・テリー、チェット・ベーカー等と共演を重ねていました。

1984年には、ジャズ・ピアニストとしての更なるキャリア・アップを目指し、ニューヨークに移住し、ブルックリンに居を定めた後は、ニューヨーク市内の多くのジャズ・クラブでの演奏を行なう他、熱心の聴衆として、他のアーティストのライブを鑑賞しに行っていた様です。ニューヨーク移住後は、ジャズ・トランペット奏者デイジー・ガレスピーやフレディ・ハバード、アート・ファーマー、ジャズ・ベース奏者リチャード・ディビス、レイ・ブラウン、ジャズ・ギター奏者ケニー・バレル等錚々たるアーティスト達と共に演奏活動を繰り広げていました。

この様に、ニューヨーク移住後も演奏活動を積極的に行う一方、ジェイムス・ウイリアムズは作曲家としても才能を発揮し、「Arioso」「Black Scholars」「Alter Ego」などのジェイムスの作品は、記憶に残るメロディーと軽快なリズミカルな構成で、多くのアーティストの支持を得て、実際に作品はジャズ・ピアニスト ケニー・バロン、ジャズ・ドラマー ビクター・ルイス、ジャズ・ビブラフォンのゲーリー・バートン、ジャズ・トランペット奏者ロイ・ハーグローブ等、著名ジャズ・アーティスト達が好んで演奏して来ています。

そして1999年48歳の時に、ジェイムス・ウイリアムズはジャズ・ベーシストのルーファス・リードの後任として、ニューヨーク近郊ニュージャージーに在るウイリアム・パターソン大学のジャズ科の学科長の職に就きました。そこで多くの後進の指導に当たっていましたが、その5年後の2004年に肝臓癌により53年の生涯を終えました。

ジェイムス・ウイリアムズの没後に、ウイリアム・パターソン大学では、彼の5年間の同大学で積み上げた偉大な業績を称え、彼が参加した多くのアルバムやリーダーアルバム、そして作曲した楽譜の原本、ライブの演奏音源や演奏時の画像等を展示する記念コーナーを設立しました。

今回ご紹介する「アイ・リメンバー・クリフォード(I Remember Clifford)」は、ニューヨーク移住後、最も積極的に音楽活動を行なっていた時期の1990年に、ジャズ・ベース奏者リチャード・ディビスのグループのピアニストとして来日した時に、日本のレコード・レーベル「DIW」からリリースされたものです。

 

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ジェイムス・ウイリアムズ


James Williams


アイ・リメンバー・クリフォード


I Remember Clifford


このアルバムでは、既に何回も共演していた存命ジャズ・ベースの巨匠の一人と呼ばれることの多いリチャード・ディビスと、当時新進気鋭のジャズ・ドラマーとして、ジャズ・ピアニスト ローランド・ハナや、ジャズ・サクソフォン奏者アーチ―・シェップ等のグループでも活躍していたロニー・バラガと言う、実力の有るアーティストが周りを固める中、ジェイムス・ウイリアムズは時にリリカルに、時に縦横無尽に、持ち味で有る安定感有り且つ高い音楽性が感じられる演奏を繰り広げています。

収録曲は、アルバムのタイトル曲「アイ・リメンバー・クリフォード(I Remeber Clifford)」や、ジャズの名盤「デュ-ク・エリントン&ジョン・コルトレーン」の中に収録されて以来、多くのジャズ・アーティストに演奏されて来た、ビリー・ストレイホーン作曲の名曲「テイク・ザ・トレーン(Take The Coltrane)」、そしてジェイムス・ウイリアムズ自身作曲の「Focus(フォーカス)」等、全7曲の構成になっています。

BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で、現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当院でジャズ・ピアノやジャズ・ベース、ジャズ・ドラム等のレッスンを受けている方、そしてこれから当院でこれらの楽器のレッスンを受けようと思っていらっしゃる方にも、このアルバムはジャズのトップ・アーテイストによる、ジャズの名曲の演奏が多く収録されていますので、ご参考用に是非お薦めしたいと思います。

< 収録曲リスト>

  1. As I Live And Breathe

  2. I Remember Clifford

  3. Take The Coltrane

  4. Simone

  5. Focus

  6. Shelly

  7. Sweet And Lovely
































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