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2020.03.26スタッフブログ

今月お薦めの1枚: ジャズ・ヴォーカル編~ジューン・クリスティ「サムシング・クール」

今月お薦めの1枚~ジャズ・ヴォーカル編は、1930年代後半から1980年代後半迄の半世紀近い間、ジャズ・ヴォーカリストとして活躍したジューン・クリスティが、生涯で残した50枚近いアルバムの中から、1954年29歳の時に発表し、ジャズ界で高く評価され、ジューン・クリスティの遺したアルバムの中で名盤の一つとして称されることも多いアルバム「サムシング・クール(Something Cool)」を選びご紹介したいと思います。

ジューン・クリスティは、1925年にアメリカ イリノイ州のスプリングフィールドに生まれました。出生名はシャーリー・ラスター(Shirley Luster)で、両親の不仲のため不遇の幼少時代を過ごした様です。 ただ小さい頃から歌の才能は周囲から認められる程で、13歳の時には地元のビッグバンドの歌手として早くも活動を始め、その後10 代後半の頃にはシカゴへ移り住み、本格的に音楽活動を開始します。しかしシカゴ移住後は長い下積み期間が有り、ようやく1943年から、当時先進的なサウンドで人気の有ったビッグバンドの一つの、ボイド・レーバーン楽団に所属する様になりました。しかし同バンドとのツアー中にで猩紅熱に罹り、スケジュールの詰まっていたバンドから取り残される形で退団を余儀なくされます。その後は、いくつかのバンドでも歌っていましたが、1940年代はビッグ・バンド全盛時代で、無数のバンド・シンガーがひしめいていたことも有り、その中で際立った存在になるのはなかなか難しかった様です。

しかし1945年にオーディションを受け、ピアニストのスタン・ケントンが率いるビッグバンドに、ジャズ・ヴォーカリスト アニタ・オディの後釜として迎えられます。そしてこの入団時にケントンに名付けられた「ジューン・クリスティ」の芸名をその後名乗るようになります。 このスタン・ケントン楽団は1940年に結成されたビッグバンドですが、当初単なるダンス・バンドとしてスタートしたものの、その後はモダンなスタイルを取り入れた先進性で注目され人気を得て、当時クラリネット奏者ウディ・ハーマンの率いるビッグバンドと並び称せられる程でした。実際にこの2つのビッグ・バンドから巣立ち、その後著名になったジャズ・アーティストには、サクソフォン奏者アート・ペッパー、スタン・ゲッツを始め多数います。

スタン・ケントン楽団でのジューン・クリスティはそのグルーブ感溢れる歌唱で一躍人気を博し、1945年には「タンピコ(Tampico)」などのラテン調の曲をヒットさせたりしますが、一方でバンド・リーダーのケントンの前衛指向によるモダンでテクニカルな曲にも真摯に向き合い、結果的には幅広い歌唱力を身に着けることができ、その後のジューン・クリスティのジャズ・ヴォーカリストとしての評価をさせた大いに高めることになります。1946年には楽団の同僚であるテナー・サキソフォン奏者のボブ・クーパー(Bob Cooper,)と結婚し、以降生涯を共にすることになります。

1949年に過労によりスタン・ケントンは、楽団を一時解散して療養生活に入り、これを機にジューンと夫ボブ・クーパーはバンドとは独立した活動を開始しますが、ケントンが1950年にバンドを再結成すると楽団へ一旦復帰します。

しかし1951年には、ジューンはケントン楽団を退団して本格的なソロ活動に入ります。ジューンの強い推薦によりケントン楽団の後任歌手となったのはクリス・コナーで、彼女も後にジューン・クリスティや、ジューンの前任者アニタ・オディと同様に著名なジャズ・ヴォーカリストとなり、この3人はいずれもスタン・ケントン楽団に在籍したことから、後に「ケントン・ガールズ」と呼ばれることになります。

ジューン・クリスティは1951年にソロ活動を始めた当初は、ポップ路線を採りましたが、一向に人気を得れなかったことから、スタン・ケントン楽団の元同僚ピート・ルゴロのサポートを得て、元のジャズ・ボーカル路線を活動の軸を戻すことで成功を収め始めます。

今回ご紹介する『サムシング・クール(Something Cool)』は、ジューン・クリスティがスタン・ケントン楽団から独立後に契約したキャピトル・レコードから発売されたファースト・ソロ・アルバムです。

タイトル曲「サムシング・クール(Something Cool)」は、ジャズ・ピアニストのビル・バーンズ(William "Billy" Barnes,)が1953年にショーの挿入曲として作ったバラードですが、ジューンはこの曲を初めて聴いて感銘を受け、ぜひ録音したいと切望し、この曲を同様に気に入っていた、当時プロデュ―サとしてジューン・クリスティの音楽活動をサポートしていたピート・ルゴロの尽力も有り録音が実現しました。この「サムシング・クール」は、まず1954年にシングルとして発売され、同年にスタンダードナンバー「朝日のようにさわやかに(Softly as in a morning sunrise)」等他の曲の録音と合わせてアルバム化され、このアルバムは1956年までには当時のジャズ・アルバムとしては異例の9万3,000枚を売り上げを記録し、ヒット・アルバムになりました。

このアルバム『サムシング・クール』以降も、ジューンは1950年代の代表的白人女性ジャズ・ヴォーカリストの一人として人気を博し、キャピトル・レコードからは他にも1960年代にかけ、『Misty Miss Christy』(、『June's Got Rhythm』『Ballad For Night People』等、多くの優れたアルバムを録音・発表しています。

しかし1950年代後期以降はアルコール中毒に陥り、喉も傷めて歌唱力にも陰りが出始めて、1960年代半ばには早くも引退状態に入ってしまいます。そして1990年6月に、飲酒からの腎臓病により、カリフォルニア州シャーマン・オークスで64年の生涯を終えることになりました。

無題



ジューン・クリスティ


June Christy


サムシング・クール


Something Cool


このアルバムはジューン・クリスティが、1954年29歳の時に発表したアルバムですが、スタン・ケントン楽団から独立し、ソロ活動も軌道に乗り始めていた言わば絶頂期の録音で、曲調に心酔し録音を決めたと言うタイトル曲「サムシング・クール(Something Cool)」の他に、「朝日のようにさわやかに(Softly as in a morning sunrise)」、「It Could Happen to You」等のスタンダード曲等、全11曲が収録されており、全編を通してジューン・クリスティの伸びやかな声による、グルーブ感溢れる歌唱を聴くことが出来ます。

BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当院でジャズ・ヴォーカルや、ジャズ・サクソフォン、ジャズ・ピアノ、ジャズ・ギター、ジャズ・ドラム等のレッスンを受けてけている方、そしてこれから当院でこれらのレッスンを受けようと思っている方には、このアルバムはジャズのスタンダード曲も数多く収録されていますので、参考用に是非お薦めしたいと思います。

<収録曲>

1.Something Cool

2.It Could Happen to You

3.Lonely House

4.This Time The Dream's On Me

5.The Night We Called It A Day

6.Midnight Sun

7.I'll Take Romance

8.A Stranger Called The Blues

9.I Should Care

10.Softly, As In A Morning Sunrise

11.I'm Thrilled

 
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