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2021.03.18ブログ

今月お薦めの1枚: ジャズ・ヴォーカル編~ジュリー・ロンドン「ジュリー・イズ・ハー・ネーム(Julie Is Her Name)」」

今月お薦めの1枚~ジャズ・ヴォーカル編は、1940年代から1980年代まで、40年近くにわたり、最初は映画女優として、後にジャズ・ヴォーカリストに転じ活動したジュリー・ロンドンが、1955年29歳の時に発表したデビュー・アルバムで、音楽界で高く評価され、いきなりビルボ―ド・チャートの2位にもランク・インした『ジュリー・イズ・ハー・ネーム(Julie Is Her Name)』を選びご紹介したいと思います。

ジュリー・ロンドンは1926年にUSAカリフォルニア州サンタローザに生まれました。両親は歌と踊りのショー・ビジネスのチームを持つプロのエンターテイナーで、地元でラジオ番組も持っていましたが、ジュリーは早くも3歳の時にその番組に出演し、歌を披露して両親譲りの才能を披露していた様です。その後1941年に一家はロサンゼルスに移住し、ジュリーはそこでエレベーターガールとして就職しましたが、まもなく俳優のエージェント関係者にその美貌を評価され映画界にスカウトされました。

そしてその3年後には『ジャングルの妖女』と言うタイトルの映画に初めて出演し、映画女優としてデビューを果たし、その後も『赤い家』『愛と血の大地』『機動部隊』などの映画に出演しましたが、女優としてはなかなか芽が出ず恵まれない下積み時代を過ごしていた様です。

しかしこの頃から既にジュリー・ロンドンはジャズを聴くことをこよなく愛していた様で、1947年には同じくジャズ愛好者の役者仲間と結婚して俳優業から半ば引退する様な形で徐々に主婦業に集中する一方、二人の娘をもうけますが1953年に離婚。そしてこの離婚を機にジャズピアニストで、名曲ルート66(Route 66)」の作曲で既に作曲家としての地位も確立していたボビー・トゥループ(Bobby Troup)の勧めでエンターテイメント界へ復帰。そして復帰後はトゥループの指導を受けて本格的なジャズ・ヴォーカリストとしてのキャリアもスタートさせ、地元のライブ・ハウスなどで歌い始めます。

そして1955年29歳の時に、当時主に映画音楽やオーケストラのアルバムを制作・発表していたLiberty Recordsと契約し、同レーベルからデビュー・アルバムとなるスタジオ録音の『ジュリー・イズ・ハー・ネーム(Julie Is Her Name)』を発表しました。そしてこのデビュー・アルバムは、いきなりビルボ―ド・チャートの2位にもランク・インし、その上このアルバムの収録曲で、ジュリーのロサンゼルスの高校の同級生アーサー・ハミルトンが作曲した「Cry Me A River(クライ・ミー・ア・リバー)」のシングル化されたレコードはミリオン・セラーを記憶しました。

このデビュー作品の大成功も有り、翌年の1956年には2枚のアルバム「Lonely Girl」「Calendar Girl」が立て続けにLiberty Recordsからリリースされ、ジュリー・ロンドンは徐々にジャズ・ヴォーカリストとしての名声を確立して行きます。そして私生活でも、ジャズ・ヴォーカリストへの転身をサポートした恩人のボビー・トゥループと再婚します。

この様にジャズ・ヴォーカリストに転向後の成功を通じ、ジュリー・ロンドンの人気や知名度が高まったことも有り、転向前には不遇の時代を過ごした女優業でも、徐々に映画界から出演のオファーが舞い込む様になり、1956年には「Crime Against Joe」で主役を務めたほか、同じ年公開され大好評を博したジェーン・マンスフィールドのミュージカル・コメディー「 The Girl Can't Help It 」等にも出演したりしました。このミュージカル・コメディー「 The Girl Can't Help It 」の中では、「Cry Me A River(クライ・ミー・ア・リバー)」を含む3曲を歌っています。そしてこの映画は興行収入で成功し、1956年の売上高トップ30の映画の1つになり、映画女優としてもジュリー・ロンドンは名声と人気を確立して行き、 マールボロ・タバコのテレビ広告にも出演して、「マールボロ・ソング」を歌う等もしていました。

その後もジャズ・ヴォーカリストとしての活動を続けながら、映画界からの多くのオファーも受け、当時人気を博していた西部劇の映画にもいくつか出演し、当時最も人気の有った俳優ロバート・テイラー等とも共演を果たす等していましたが、これらの映画でのジュリー・ロンドンの演技は、当時からUSAを代表する新聞で有った「ニューヨークタイムズ」で映画批評家の称賛を受ける程にまでなっていた様です。

また映画界での名声が高まると共に、テレビドラマの出演も増える様になり、日本でも当時輸入され人気を博していた西部劇ドラマ「Rawhide(ローハイド)」等の人気テレビドラマにも出演をしていました。

この様に女優として幅広く活躍する一方、ジャズ・ヴォーカリストとしても、1960年にジュリー・ロンドンはロサンゼルスの彼女の住居内での録音と言う斬新な企画でのアルバム「Julie At Home」をリリースし、続いてはより大きなバック・バンドの編成による「Around Midnight」をリリースしたりして活動を精力的に行い、1960年代だけでも、Liberty Recordsからで20枚近いアルバムをリリースし、堅実のジャズ・ヴォーカリストとしての活動も続けていました。また1965年には夫のボビー・トゥループが率いる楽団とともに初来日も果たし、その時の様子は特別番組『The Julie London Show』として放映された程、日本でも高い人気を誇っていました。

その後はテレビドラマ『エマージェンシー!』などテレビや映画に女優としての出演していたものの、ジャズ・ヴォーカリストとしては一線は退きました。

この様にジャズ・ヴォーカリストとして、女優として活躍して来たジュリー・ロンドンですが、ヘビー・スモーカーと言われた程の長年の喫煙と、アルコールの大量摂取が原因になったのか、1995年に脳卒中で倒れてからは体調面が優れない様になり、その5年後の2000年10月に、カリフォルニア州の病院で心臓病のため74年の生涯を閉じました。彼女の逝去は、母国アメリカだけでなく、イギリス始め欧州の国々や、日本の各報道機関が一斉に報じ、改めてジュリー・ロンドンがジャズ・ヴォーカリストとして、映画女優として世界的な人気を誇っていたことが示されました。

今回ご紹介するアルバム『ジュリー・イズ・ハー・ネーム(Julie Is Her Name)』は1955年12月にLibertyRecordsから発表されたジュリー・ロンドンのデビュー・アルバムで、最初はモノラル形式でリリースされ、直ぐにビルボードチャートの2位を獲得するなど大成功を収めたことも有り、同じ録音音源を再処理されたステレオアルバムが作成され1960年にリリースされました。 このアルバムでは当時ジャズ界では、チャーリー・パーカーやオスカー・ピーターソン等との共演を通じ既に名声を確立していたギターのバーニー・ケッセルとベースのレイ・レザーウッドだけの最小限の伴奏編成でしたが、ジャズ・ヴォーカリストとしては新人で有ったジュリー・ロンドンはこれら一流ジャズ・アーティストの伴奏に臆する素振りもないかの様に、特徴の有るややハスキーな歌声で伸びやかな歌唱を展開しています。

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 ジュリー・ロンドン


Julie London


ジュリー・イズ・ハー・ネーム


Julie Is Her Name


このアルバムは、ジュリー・ロンドンが1955年29歳の時に録音し、発表したデビュー・アルバムです。曲の方は、このアルバムで初めて演奏されヒットした後は、ジャズ界では多くのアーティストが取り上げることの多い「Cry Me A River(クライ・ミー・ア・リバー)」や、「S Wonderfull( ス・ワンダフル)」等のスタンダード曲も収録されています。

BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で、現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当院でジャズ・ヴォーカルやジャズ・ギター、ジャズ・ピアノ、ジャズ・ベース、ジャズ・ドラム、ジャズ・サクソフォン等のレッスンを受けてけている方、そしてこれから当院でこれらのレッスンを受けようと思っている方には、このアルバムはジャズのスタンダード曲も数多く収録されていますので、参考用に是非お薦めしたいと思います。

<収録曲>

1.Cry Me a River

2.I Should Care

3.I'm in the Mood for Love

4.I'm Glad There Is You

5.Can't Help Lovin' That Man

6.I Love You

7.Say It Isn't So

8.It Never Entered My Mind

9.Easy Street

10.S Wonderful

11.No Moon at All

12.Laura

13.Gone with the Wind"

 

 

 















































































 

 

 

 
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