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2021.11.22ブログ~今月お薦めの1枚ジャズ器楽編

今月お薦めの1枚:ジャズ・器楽編~ポール・チェンバース「ベース・オン・トップ(Bass on Top)」

今月お薦めの1枚~ジャズ・器楽編は、1950年代半ばから60年代末まで、ジャズ・トランペット奏者マイルス・デイビス、フレディ・ハバード、ジャズ・サクソフォン奏者ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、ベニー・ゴルソン等や、ジャズ・ピアニストのソニー・クラーク、ウィントン・ケリー、穐吉敏子等数、多くのジャズ界のトップ・アーティストと共演したポール・チェンバースが、1957年に 22歳と言う若さで4枚目のリーダー・アルバムとして発表し、ジャズ界で高評価を得て、その後 ジャズ・ベースの名盤の一つと呼ばれてきた「ベース・オン・トップ(Bass on Top)」を選び、ご紹介したいと思います。

ポール・チェンバースは1935年4月22日にペンシルバニア州ピッツバーグで生まれましたが、その後 一家は母親の死後にミシガン州デトロイトに移住し、そこで育ちました。小さい頃に最初に演奏した楽器は、金管楽器のバリトンホルンで、その楽器で学友の何人かと一緒に音楽を演奏し楽しんでいた様です。その後、もっと大型の低音用金管楽器チューバも演奏し始め、この楽器の演奏で既に才能を発揮していた様ですが、長時間に及ぶパレード等でこの大型楽器を演奏するのに負荷を感じていた様で余り好きにはなれなかったと、その後当時を振り返り語っています。

そして1949年頃、10代の半ばにはアコースティック・ベースを演奏し始めます。そしてアコースティック・ベースに熱心に取り組む様になったポール・チェンバースは、17歳の時には正式なベーストレーニングを地元の全米でも有力オーケストラと評されることの多い、デトロイト交響楽団のベーシストからレッスンを受ける様になりました。そしてそれを機に、地元のデトロイト弦楽器バンドと呼ばれるリハーサルグループや通学していた高校のグループ等でも、クラシック音楽の演奏をしたりしたりしていましたが、一方で15歳の時から当時ビーバップの推進役で有ったジャズ・サクソフォン走者チャーリー・パーカーやジャズ・ピアニストバド・パウエル等を始め、多くのジャズ・アーティストのレコードを聴き始めており、徐々にオスカー・ペティフォードやレイ・ブラウン、そしてパーシー・ヒース等有力ジャズ・ベーシスト達の演奏を熱心に聴きこむ様にもなっていた様です。

そして、ポール・チェンバースの才能を高く評価していたテナーサックス奏者のポール・クイニシェットの招きで本格的にプロ活動を開始するためにニューヨークに向けて出発した時には、既に演奏上必要な多くの実用的な知識を持っていた様で、実際に当時人気を博していたジャズ・ビッグバンド デュークエリントン・オーケストラのベーシストであるジミー・ブラントンが、1930年代の終わりまで主にドラムと共にタイムをキープをすることに限定されていたジャズ・ベースの役割を変革した事も熟知していおり、その影響を受けて、自分の演奏に反映させ始めていた様です。

 

この様にニューヨークで本格的にプロとしての活動を開始したポール・チェンバースは、ポール・クイニシェットのグループ以外にも、1954年から1955年にかけては、ジャズ・ピアニストのベニー・グリーン、ジョージ・ウォーリントン、トロンボーン奏者のJ。J。ジョンソン、カイウィンディング等、有力ジャズ・アーティストのグループのツアー活動の中で、その際立った演奏でベース奏者として重要な役割を果たし、着実にジャズ界での評価を高めて行きました。

そして1955年にポール・チェンバースは、当時既にジャズ界のトップ・アーティストになっていたマイルス・デイビスのクインテットに加わり、1963年までグループにとどまり、多くのアルバム録音への参加を通じ、ジャズ界でのトップ・ベーシストとしての地位を不動のものにします。

特にマイルスのグループでポール・チェンバースが最初に組んだジャズ・ピアニストのレッド・ガーランド、ジャズ・ドラマー フィリー・ジョー・ジョーンズの3人は「ザ・リズム・セクション」と呼ばれ高い評価を受けました。

その後、グループのピアノはウィントン・ケリー、ドラムはジミー・コブに替わりましたが、この二人とポール・チェンバースを加えた3人も、同様に当時最高のリズム・セクションと評されることが多かった様です。

その他、マイルスのグループのアルバムの中でも特に名盤「カインド・オブ・ブルー(Kind of Blue)」に収録された「ソー・ホワット(So What)」でのポール・チェンバースの演奏は、今尚ジャズ・ベースの歴史的名演の一つと多くの評論家やジャズ界関係者から評価されています。

その後、マイルスのグループを辞した後は、1963年から1968年まで、ポール・チェンバースはマイルスのグループで共演することの多かったジャズ・ピアニストのウィントン・ケリーのトリオに参加し、数多くの共演を果たし、人気を博しました。

その後も、合計で10枚のリーダー・アルバムや共同リーダーアルバムを発表する一方、200枚近くに上る他アーティストのリーダー・アルバムの録音にも参加し、当時最も人気の有るジャズ・ベース奏者としての名声を得ると共に、チャーリー・ヘイデンらその後ジャズ界を代表するベーシストになる人たちへの多くの影響を与えます。

この様に、1950年代初頭にプロとして活動を開始以来、短期間でトップ・アーティストに昇りつめたポール・チェンバースでしたが、若い頃からアルコールとヘロインの両方への依存症を発症しており、生涯に渡り健康に問題を抱えていました。そして 1968年の終わりにインフルエンザで重症になり入院しますが、検査の結果、結核であることが明らかになり、その後 臓器機能も悪化したため、18日間もの昏睡状態に陥り、そして年が明けた 1969年1月4日に、33歳と言う若さで生涯を閉じました。

今回ご紹介する「ベース・オン・トップ(Bass on Top)」は、その短い生涯の中で10枚リーダー・アルバムを制作・発表したポール・チェンバースの4枚目のリーダー・アルバムで、1957年にブルー・ノートレーベルから、同レーベルの創始者アルフレッド・ライオンのプロデュースで制作・発表されました。

ダウンロード (2)


ポール・チェンバース


Paul Chambers


ベース・オン・トップ


Bass on Top


このアルバムでは、ピアノにはハンク・ジョーンズ、ドラムにはアート・テイラー、そしてギターには同郷デトロイト出身のケニー・バレルと言う、各々の楽器でジャズ界を代表するアーティストばかりの豪華メンバーが参加。ジャズの名盤の一枚として称される様になったことに相応しい演奏内容になっています。

収録曲は全7曲。「イエスタデイズ」や、「You’d be So Nice to Come Home to 」等のスタンダード曲や、ポール・チェンバースの自作曲、そしてスエーデンの民謡をアレンジした「Dear Old Stockholm」等、多彩な内容で、ポール・チェンバースは当代随一と言われる弓を使ったアルコ奏法を始め、高い演奏技術を駆使した演奏を繰り広げています。

BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で、現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当音楽院でジャズ・ベースや、ジャズ・ピアノ、ジャズ・トランペット、ジャズ・サクソフォン、ジャズ・ドラム等のレッスンを受けている方、そしてこれから当院でこれらの楽器のレッスンを受けようと思っていらっしゃる方にも、このアルバムではジャズのトップ・アーテイストの、スタンダード曲を始め多彩な曲の演奏が収録されていますので、ご参考用に是非お薦めしたいと思います。

< 収録曲リスト>

  1. "Yesterdays"

  2. "You’d Be So Nice to Come Home to 

  3. "Chasin' the Bird" 

  4. "Dear Old Stockholm"

  5. "The Theme" 

  6. "Confessin''

  7. "Chamber Mates" 

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