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2021.12.13ブログ〜今月お薦めの1枚 ジャズボーカル編

今月お薦めの1枚: ジャズ・ヴォーカル編~ダイナ・ワシントン『バック・トゥ・ザ・ブルース( Back to the Blues )』

今月お薦めの1枚~ジャズ・ヴォーカル編は、1940年代初頭から1960年代前半に39歳の若さで亡くなるまでの約20年間、ジャズやリズムアンドブルースの分野でトップ・ヴォーカリストの一人として第一線で活躍し、40枚近いアルバムを制作・発表したダイナ・ワシントンが、亡くなる前年の1962年38歳の時に、ブルースの曲中心の選曲ながら、当時人気ジャズ・サクソフォン奏者として活躍していたイリノイ・ジャケットらを共演者として招き発表し、しっかりした技術に裏付けられた情感豊かな歌唱が、ジャズ界でも高く評価された『バック・トゥ・ザ・ブルース( Back to the Blues)』を選びご紹介したいと思います。

ダイナ・ワシントン、本名ルース・リー・ジョーンズは、1924年8月29日、アラバマ州タスカルーサで生まれました。その後、3歳の時に家族と共に移住したシカゴで幼少期からゴスペルの世界に身を投じたことで、ダイナ・ワシントンの音楽の才能は一気に開花します。地元のバプティスト教会の合唱団でピアニストとしても活動をする様になった他、10代でその教会の聖歌隊を指揮者を務めていたたり、地元でも有名で有ったサリー・マーティンのゴスペルシンガーのメンバーとして歌う等、幅広い音楽活動をしていました。彼女がこのサリーマーティングループに加わったとき、より音楽活動に専念するために、ウェンデルフィリップス高校を中退します。

そして15歳の時に地元で開かれたアマチュアコンテストで優勝した機会に、彼女は地元のジャズ・クラブで歌い始めます。 1941年から42年までに、シャーマンホテルのダウンビートルームやギャリックステージバー等、ファッツ・ウオラーやビリー・ホリディら著名ジャズ・アーティストも演奏していたシカゴの有力なクラブで演奏していました。その内に当時ジャズ・ビブラフォン奏者で自己のバンドを率いて全米のジャズ界で人気を博していたライオネル・ハンプトンに、クラブ・シーンでの演奏を聴いてもらえる機会に恵まれます。そしてダイナの歌唱に感銘を受けたライオネル・ハンプトンは、シカゴのリーガル・シアターと言う新設のクラブのオープニング公演ために自分のバンドで歌う様にオファーし、それを機会にダイナ・ワシントンは、正式にライオネル・ハンプトンバンドの専属ヴォーカリストになります。

そして当時ジャズ・プロデュ―サーで作曲家としてもジャズ界で影響力の有ったレナード・フェザーによって書かれた作品「EvilGalBlues」で、キーノート・レーベルからレコードデビューを果たします。 このレコードでは、ライオネル・ハンプトンや彼のバンドに所属していたトランペットのジョーモリストやピアノのミルトバックナーらアーティスト陣がバックを務めました。その後も、ダイナ・ワシントンはアポロ・レーベルのために続けて12枚ものレコードの録音を行い、そのうちの10枚は、当時ジャズ・サクソフォン奏者として人気が有った、ラッキー・トンプソンの率いるオールスターズとの共演になりました。

その後、キーノート・レーベルが解散した後も、1946年までライオネル・ハンプトンのバンドにとどまっていましたが、レコード会社との契約の方は、今度はソロ歌手としてマーキュリー・レコードと契約しました。

マーキュリー・レコードから発表されたダイナの最初のレコードは、ファッツ・ウォーラー作の「Ain't Misbehavin」で、このレコードはヒットし、長期間好売上を記録しました。 その後も1948年から1955年の間に、ダイナ・ワシントンはR&Bの分野でもトップ10を記録するレコードを27作も発表し、この時代に最も人気があり成功した歌手の1人となりました。

この様にレコーディング活動を続ける一方、ダイナ・ワシントンはライブ活動も精力的に行い、1950年にはロサンゼルスのリグレーフィールドで開催された16,000人もの観客を集めたジャズ・コンサートに出演した他、ニューポート・ジャズ・フェスティバル等著名なジャズ・イベントに数多く出演する一方、ニューヨークに有る名門クラブ『バードランド』のライブ公演にも頻繁に出演し、ジャズ・トランペット奏者クリフォード・ブラウンやクラーク・テリー、ジャズ・サクソフォン奏者ベン・ウエブスターやキャノンボール・アダレイ等の錚々たるジャズ・アーティストとの共演を重ね、ジャズ界でも高い評価を得ていまます。

レコーディング活動も引き続き精力的に行い、1959年には"What a Diffrence a Day Made(縁は異なもの)"を発表し、全米ポップチャートで4位を記録し、これはダイナにとって初のトップ10入りとなりました。この当時のダイナ・ワシントンのバックを務めたバンドは、アレンジャー兼指揮者にベルフォード・ヘンドリックス、ギターにケニー・バレル、ピアノにジョー・ザヴィヌル、ドラムにパナマ・フランシスと言う豪華布陣でした。

この様に10代の頃から、ジャズやR&Bの分野で第一線でヴォーカリストとして活動して来たダイナ・ワシントンですが、1963年に睡眠薬と痩せ薬、そしてアルコールを同時に過剰摂取したことが原因で急逝し、39年の短い生涯を終えました。

今回ご紹介するアルバム『バック・トゥ・ザ・ブルース( Back to the Blues)』は、亡くなる前年の1962年に録音されたもので、ベッシ―・スミス等に歌われていたレパートリー等、タイトル通りブルース・スタイルの曲中心で、この中でダイナ・ワシントンは豊かな声量と卓越した情感表現を遺憾なく発揮した歌唱を展開しています。

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ダイナ・ワシントン


Dinah Washington


バック・トゥ・ザ・ブルース


Back to the Blues 


このアルバムは、1962年に当時ダイナ・ワシントンが所属していたルーレット・レーベルから発表されたアルバムです。 曲の方は「"The Blues Ain't Nothin' But a Woman 」を始め、「Lover Man」等ブルース曲を中心に全12曲が収録されており、バックを務めたビッグ・バンドには、ダイナ・ワシントン同様に、ジャズ界とR&B界の両方で活躍していたジャズ・サクソフォン奏者イリノイ・ジャケー等が参加し、堅実なサポートを得たダイナ・ワシントンは持ち前の豊かな声量に裏付けされたダイナミック且つ情感溢れる歌唱を展開しています。

BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で、現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当院でジャズ・ヴォーカルやジャズ・ギター、ジャズ・ピアノ、ジャズ・ベース、ジャズ・ドラム、ジャズ・サクソフォン等のレッスンを受けてけている方、そしてこれから当院でこれらのレッスンを受けようと思っている方には、このアルバムは参考用に是非お薦めしたいと思います。

<収録曲>

  1. The Blues Ain't Nothin' But a Woman Cryin' for Her Man"

  2. "Romance in the Dark"

  3. "You've Been a Good Old Wagon"

  4. "Let Me Be the First to Know"

  5. "How Long, How Long Blues"

  6. "Don't Come Running Back to Me"

  7. "It's a Mean Old Man's World"

  8. "Key to the Highway"

  9. "If I Never Get to Heaven”

  10. "Duck Before You Drown"

  11. "No Hard Feelings"

  12. "Nobody Knows the Way I Feel This Morning"


 

 
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