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2022.09.02ブログ〜今月お薦めの1枚 ジャズボーカル編

今月お薦めの1枚:ジャズ・ヴォーカル編~カーメン・マクレエ『ブック・オブ・バラーズ(Book of Ballads) 』






今月お薦めの1枚~ジャズ・ヴォーカル編は、1940年代から1990年代初頭に至るまでのほぼ半世紀の間、ジャズ・ヴォーカリストとして情感溢れ且つ安定感の有る唱法で幅広い層に人気を博し、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド共に、ジャズ界の3大女性ヴォーカリストと称されたカーメン・マクレエが、1959年39歳の時に制作、発表した「ブック・オブ・バラーズ(Book of Ballads)」を選びご紹介したいと思います。                            





カーメン・マクレエは,192年4月8日にニューヨークのハーレムで生まれました。両親はジャマイカからの移民で、音楽、特にジャズを愛好しており、家の中では絶えずルイ・アームストロングやデユーク・エリントン等ジャズの巨匠達のレコードが流れていたようで、その様な恵まれた環境の中で、カーメンも幼少の頃から自然に音楽、特にジャズに親しむ様になり、8歳になるとピアノのレッスンも受け始めていた様です。 そして17歳の時にジャズ・ヴォーカリストのレジェンドの一人ビリー・ホリデイと出会う機会に恵まれ、大いに感化を受けます。 その頃、カーメンは地元でピアノとヴォーカルの演奏活動を始めていましたが、既にその才能は、ビリー ホリデイと長年共演していたジャズ・ピアニストのテディ・ ウィルソンと彼の妻で作曲家のアイリーン・キッチングスの目にも留まっていたようです。
そして10 代後半から 20 代前半にかけては、カーメン・マクレイは地元ニューヨークのハーレムにあった著名なジャズ・クラブ ミントンズ ・プレイハウスで働くことになりますが、そこではピアノを弾き、コーラス ガールとして歌うだけでなく,、時には秘書として、正に八面六臂の働きをしていたようです。このミントンズ ・プレイハウスではジャズ・トランペット奏者のディジー・ガレスピー、ベーシストのオスカー・ペティフォード、ドラマーのケニー・クラーク等と出会うことが出来て、着実にジャズ界での人脈も拡げていたようです。     そしてカーメン・マクレイはこのミントンズ・プレイハウスに出演したベニー・カーターのビッグ・バンドや、カウント・ベーシー楽団と、ピアニストとして共演を果たすこともできました。  そして1946年にはミントンズ ・プレイハウスの専属ジャズ・ドラマーで、当時ジャズ界のトップ・ドラマーの一人として人気を誇っていたケニー・クラークと結婚をします。しかしこの結婚は、ケニー・クラークが、新進ヴォーカリストのアニー・ロスと愛人関係となったことで3年後には破綻し、カーメン・マクレイは失意の中、コメディアンのジョージ・カービーと親しくなり、やがて彼とともにシカゴに移住することになります.。シカゴでは、彼女は数多くのクラブでピアニストおよび歌手として演奏し、このシカゴでの4年間でカーメン・マクレイは、その後のアーテイストとしてのキャリア上で大いに役立つピアノとヴォーカルで独自のスタイルを開発することができました。その後、シカゴで過ごした数年間について、実際にカーメン・マクレーはあるジャズの専門誌とのインタビューで「私が今持っているものは何でも与えてくれた.」と語っています。                                  1950 年代初頭にニューヨークに戻ったカーメン・マクレーは、ブルックリンのクラブ等で演奏していましたが、その期間に有力レコードレーベルの一つデッカのプロデュ―サー ミルト・ガブラーがカーメンの才能に注目し、デッカとのアーティスト契約を結ぶことができました。そしてこの契約期間中の5年間に、カーメン・マクレイは12枚のレコードを制作、発表することが出来ました。そしてジャズ界で最も影響の有ったジャズ専門誌ダウンビート誌によって 1954 年の最高の新人女性ボーカリストに選ばしました。





この頃、カーメン・マクレーは2回結婚しました。1944年から1956年まではジャズ・ドラマーのケニー・クラークと結婚しましたが、前述の様にケニーの起した問題で1948年に別居。 1950年代後半には、ジャズ・ベーシストのアイク・アイザックスと結婚しものの、後に離婚。ジャズ・ヴォーカリストとしては順調にキャリアを積み上げていたカーメン・マクレエですが、私生活の方では順風満帆とは行っていなかったようです。





その後、数多くのアルバムを録音、発表して行ったカーメン・マクレエですが、その中でも興味深いアルバムと言われているのが、作曲家ノエル・カワードとのマッド・アバウト、ザ・マン (1957年)、サミー・デイヴィス・ジュニアとのボーイ・ミーツ・ガール (1957年)、ルイ・アームストングとデイヴ・ブルーベックとのザ・リアル・アンバサダーズ (1961年) などです。 're Lookin' at Me (A Collection of Nat King Cole Songs) (1983)、ベティ カーターとのライブ デュエットのアルバム、カーメン マクレー - ベティ カーター デュエット (1987)、カルメン・シングス・モンク(1990)、サラ・ヴォーン、サラ:あなたに捧げる(1991)へのオマージュ等も、名盤と呼ばれることが多いアルバムです。





カーメン・マクレーは、プロ・アーティストとしてデビューした頃、同じ女性ヴォーカリストの先輩ビリー・ホリディと親交を温める機会を持って以来、尊敬しており、「Good Morning Heartache」、「Them here Eyes」、「Lover Man」、「God Bless the Child」、「Don't Explain」などビリー・ホリディの名演で知られていた曲を、自分のライブや録音で頻繁に歌ってでいたようです。また、デイブ ブルーベックとの Take Five Live (1961)、ジョージ シアリグとの Two for the Road (1980)、Cal Tjade様との Heat Wave (1982) などのアルバムで、ジャズ界の人気楽器演奏アーティストともレコーディングしました。後者の 2 枚のアルバムは、当時契約していレコード会社Concord Jazz での 8 年間にわたる録音活動の中で、ベストアルバムと言われています。
この様にアルバムを積極的に制作するす一方、50年以上にわたり、カーメン・マクレーは全米および世界中のジャズ クラブやジャズフェスティバルで歌っていました、モントレー ジャズ フェスティバル (1961 ~ 63 年、1966 年、1971 年、1973 年、1982 年) では人気のあるパフォーマーであり、1980 年のノース シー ジャズ フェスティバルではデューク エリントンのオーケストラと共演しました。 彼女は1960年代後半に南カリフォルニアに移住するためにニューヨークを離れましたが、定期的にニューヨークのジャズクラブ、通常はブルーノートには出演し、1980年代のほとんどを通して年に2回の出演を果たしました。                          また1988 年 5 月から 6 月にかけては、ニューヨークの RCA スタジオでハリー コニック Jr. と「Please Don't Talk About Me When I'm Gone」(S. Clare & S. Stept) の曲でコラボレーションしました。1991 年 5 月、ニューヨークのジャズ クラブ ブルーノート に出演してからわずか数時間後に呼吸不全を発症したため、それ以降は一切の演奏活動を辞退していました。





その後は療養生活を送っていましたが、1994 年 11 月 10 日、カーメン・マクレーはカリフォルニア州ビバリーヒルズの自宅で 74 歳で亡くなりました。脳卒中で入院してから 1 か月後、退院したものの、4 日前に半昏睡状態に陥った後の逝去でした。





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カーメン・ マクレエ





Carmen McRae





ブック・オブ・バラーズ





Book of Ballads





このアルバムは1959年、カーメン・マクレエが39歳の時に発表したスタジオ録音アルバムです。 このアルバムでは、ドン・アブニの率いるピアノ・トリオと、アレンジャーのフランク・ハンター率いるオーケストラのバックを得て、カーメン・マクレエは時にダイナミックに、時に繊細に、バラードを歌い上げています。





BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で、現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当院でジャズ・ヴォーカルやジャズ・ギター、ジャズ・ピアノ、ジャズ・ベース、ジャズ・ドラム、ジャズ・サクソフォン、ジャズ・トロンボーン等のレッスンを受けてけている方、そしてこれから当院でこれらのレッスンを受けようと思っている方には、このアルバムはジャズのスタンダード曲も多く収録されていますので、ご参考用に是非お薦めしたいと思います。





<収録曲>





  1. "By Myself" (Howard Dietz, Arthur Schwartz) - 3:12
  2. "The Thrill Is Gone" (Buddy DeSylva, Ray Henderson) - 3:52
  3. "How Long Has This Been Going On" (George Gershwin, Ira Gershwin) - 4:0
  4. "Do You Know Why?" (Johnny Burke, Jimmy Van Heusen) - 2:52
  5. "My Romance" (Lorenz Hart, Richard Rodgers) - 3:53
  6. "Isn't It Romantic" (Hart, Rodgers) - 3:00
  7. "If Love Is Good to Me" (Redd Evans, Fred Spielman) - 3:29
  8. "When I Fall In Love" (Edward Heyman, Victor Young) - 3:47
  9. "Please Be Kind" (Sammy Cahn, Saul Chaplin) - 3:14
  10. "He Was Too Good to Me" (Hart, Rodgers) - 2:41
  11. "Angel Eyes" (Earl Brent, Matt Dennis) - 2:41
  12. "Something I Dreamed Last Night" (Sammy Fain, Herbert Magidson) - 3:59





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