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2022.10.27ブログ〜今月お薦めの1枚 ジャズボーカル編

今月お薦めの1枚:ジャズ・ヴォーカル編~ジョー・スタッフォード『オータム・イン・ニューヨーク( Autumn in New York) 』


今月お薦めの1枚~ジャズ・ヴォーカル編は、1930年代から1980年代に至るまでのほぼ半世紀の間、ジャズ・ヴォーカリストとして高い歌唱力に裏付けられた、情感豊かで且つ安定感の有る唱法で幅広い層に人気を博したジョー・スタッフォードが、1950年33歳の時に制作、発表したアルバム『オータム・イン・ニューヨーク( Autumn in New York) 』を選びご紹介したいと思います。                       ジョー・スタッフォードは,1917年11月12日にカリフォルニア州のコアリンガで生まれました。                                          小さい頃から音楽に親しんでいたジョー・スタッォードは、まだ中学生だった12歳の頃には既に人前で歌っていた様です。 その後、高校に進学してからは、2 人の姉とで、スタッフォード・シスターズという名前のヴォーカルトリオを結成し、地元のラジオ等に出演したり、20世紀フォックス社の音楽映画「アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド」に出演したりしていました。                          この様な活動を行う内に、ジョー・スタッフォードは、フランクシナトラ等、後にスターダムに登るアーティストも参加していた人気グループ パイド・バイパーズのメンバーと出会い、この事がジョースタッフォードのキャリア上の大きなステップアップの機会になります。               このグループに加入した後にリード・シンガーを務めることになりましたが、当時人気の有ったビッグバンドのリーダーのトミー・ドーシーは、バンドの専属歌手フランク・シナトラとの演奏をより良いものにするために、自分の率いるバンドのバックボーカルを強化したい考えから、1939 年にこのグループをそのまま、バンドの専用バックボーカルグループにしました。              





パイド・パイパーズとのレコーディングに加えて、スタッフォードはドーシー楽団のコンサート等にもフランク・シナトラ達と出演し、徐々に当時のジャズ界で名が知られて行くようになりました。 1944年にグループを去った後、ジョー・スタッォードは当時の有力ジャズ・レコード会社で有った、キャピトル・レコードとコロンビア・レコードのために、一連のポップ・スタンダードをレコーディングし、アルバムを発表しました。.これらの録音の多くは、当時ジャズ界で人気の有ったポール・ウェストン率いるバンドがバックを務めていました。





ジョー・スタッフォードが、これらのソロヴォーカリストとしての キャリアを発展させる上で重要な役割を果たしたのは、アメリカ陸軍で大尉を務めながら、パイド・ パイパーズのメンバーとしても活動中に彼女の歌唱を初めて耳にし感銘を受けたマイク・ ニドルフでした。以前にもグレン・ミラー、アーティ・ショー、ウディ・ハーマンなど、その後にジャズ界でのスター・アーティストを発見したニドルフは、1944 年に軍を退役した後に彼女に連絡を取りました。そしてその後の一連のレコード会社との契約等を取り付けてくれました。





ジョー・スタッフォードの独立後の成功は続き、1945 年 2 月からは、当時著名なライブ・クラブの一つで有ったニューヨークのラ・マルティニーク で 6 か月間の連続出演契約を交わしことができ、演奏を始めました。彼女のパフォーマンスは好評で1945年7月の或る音楽専門誌の記事では「センセーショナル」とまで評されましたが、ジョー・スタッフォード自身はライブで聴衆の前で歌うことを好まず、彼女が演奏した唯一の会場がこのラ・マルティニークだった様です。実際にジョー・スタッフォードは 1996 年の雑誌ザ ・ニューヨーカーでのインタビューで、ライブ パフォーマンスに対する不快感について次のように語っています。「私は基本的に歌手であり、聴衆の前では本当に良くは思われないのではと思います。それは本来の私ではありません。」





第二次世界大戦中はユナイテッド・サービス・オーガニゼーションと言う、ルーズベルト元大統領らの手により設立した軍兵士やその家族に対する慰問活動をする組織に、自らの意志で所属し、米国に駐留する兵士のためにしばしば慰問演奏をしている内に、ジョー・スタッフォードは兵士たちの間で「G.I. ジョー」というニックネームを取得することなりました。そして太平洋戦線から戻って来た退役軍人の多くがジョー・スタッフォードに手紙を送り、その中で有る兵士は「日本軍はあなたのレコードを拡声器で流して、米軍をホームシックにさせて降伏させようと試みていた」と伝えました。彼女はこれらの退役軍人から受け取ったすべての手紙には、律儀に個人的に返信していた様です。そしてジョー・スタッフォードは、第二次世界大戦でなくその後勃発した朝鮮戦争の両方で多くの軍人のお気に入りになり、彼女の歌唱が録音された音源は、アメリカ軍のラジオや、消灯時にいくつかの軍病院で大々的に放送される様にまでなりました。





第二次大戦が終戦後の1945 年 12月からは、ジョー・スタッフォードは NBC の人気音楽バラエティ ラジオ番組「チェスターフィールド サパー クラブ」の火曜日と木曜日にレギュラー出演することになり、軍関係者だけでなく、幅広い層に人気が更に浸透する様になりました。 この番組では、飛行機からのアメリカ初の商用ラジオ放送に参加したり、実験的なことにも積極的に挑戦していた様です。





その後、ジョー・スタッフォードは 1946 年 11 月にニューヨークからカリフォルニアに移住し、当時ペギー・リー等の人気ボーカリストも定期出演していたハリウッド発の番組「チェスターフィールド サパー クラブ」に定期出演する様になり、出演は1949 年 9 月まで続きました。この番組に出演中は在籍中、ジョー・スタッフォードは子供の頃に楽しんだフォーク・ミュージックのいくつかを再び聞く機会が有り、この種音楽に改めて関心を持つことを通じ、民俗学への関心も生まれました。そしてジョー・スタッフォードは、大学生が提出したアメリカの民間伝承の研究に賞を与えるコンテストを設立し、毎年開かれていたアメリカ民俗学の会で、最初のジョー スタッフォード賞が1949 年に 250ドルの賞金とともに授与されました。2418文字数





その後も、ジョー・スタッフォードはコロムビア・レコードを中心に録音を続け、アルバムを発表して行きましたが、1954 年にコロンビア・レコードは2,500 万枚のレコードの販売を記念して、ジョー・スタッフォードに、社長賞としてダイヤモンドがちりばめられた盾を贈りました。
ジョー・スタッフォードは、当時最も人気の有った歌手ビング・クロスビーに続いてコロンビア・レコードで2500万枚のレコードを販売した2人目のアーティストと言う偉業をなし遂げたことになります。





ジョー・スタッフォードは生涯二度結婚しており、最初の結婚は長く続きませんでしたが、1952年に再婚した相手、「I Should Care」や「Day by Day」等数多いジャズのスタンダード曲の作曲で知られている、作曲家でジャズ・ピアニスト、バンド・リーダーのポール・ウエストンとは、二人の子供ももうけ、ポールが亡くなるまで、公私ともにパートナーとして共に生活を送っていた様です。





1950年代に一度、ラスベガスでの長期出演のオファーを受けますが、子供たちから離れてツアーを続けることを嫌い、徐々に音楽ビジネス自体を楽しいと思わなくなり始め、1960年代半ばにはセミリタイアし、そして1975年には完全に引退しました。引退後は極く例外的に、1978年に娘のエイミーと一緒に彼女のお気に入りの曲「ウィスパリング・ホープ」を再録音したりしたことは有った様ですが、夫のポール・ウェストンとともに、発達障害を持つ人々を支援する慈善団体の活動への参加に多くの時間を費やし、彼らは長年その慈善活動を続けてきました。





1996 年に夫のポール ウェストンは逝去しましたが、ジョー・スタッフォードは2006年、アリゾナ大学に音楽アレンジ、写真、ビジネス文書、録音を含む夫婦の膨大なライブラリーを寄贈しました。  





その後、ジョー・スタッフォードは 2007 年 10 月にうっ血性心不全を発症し、2008 年 7 月 16 日に 90 年の生涯を閉じました。





今回ご紹介する『オータム・イン・ニューヨーク( Autumn in New York) 』は、1950年 ジョー・スタッフォードが33歳の時に録音され、キャピタル・レコードから発表されたアルバムです。





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ジョー・ スタッフォード





Joe Stafford





オータム・イン・ニューヨーク





Autumn in New York





このアルバムは1950年、ジョー・スタッフォードが33歳の時に発表したスタジオ録音アルバムです。 このアルバムでは、オーケストラのバックを得て、ジョー・スタッフォードは当時の音楽界で高く評価された情感豊かで且つ安定感の有る唱法時で、アルバム・タイトルの曲を中心にスタンダード曲中心の収録曲を歌い上げています。





BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で、現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、今当院でジャズ・ヴォーカルやジャズ・ギター、ジャズ・ピアノ、ジャズ・ベース、ジャズ・ドラム、ジャズ・サクソフォン、ジャズ・トロンボーン等のレッスンを受けてけている方、そしてこれから当院でこれらのレッスンを受けようと思っている方には、このアルバムはジャズのスタンダード曲も多く収録されていますので、ご参考用に是非お薦めしたいと思います。





<収録曲>





  1. "Autumn in New Yord" - 2:39
  2. "Smoke Gets in Your Eyes"- 2:46
  3. "Haunted Heart" - 2:44
  4. "If I Loved You" - 2:57
  5. "Just One of Those Things" - 2:40
  6. "Almost Like Being in Love" - 2:57
  7. "Make Believe" - 2:27
  8. "Through the Years" - 2:39





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