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2023.01.20ブログ~今月お薦めの1枚ジャズ器楽編

今月お薦めの1枚: ジャズ・器楽編~レイ・ブライアント『アローン・アット・モントルー (Alone at Montreux)』 


今月お薦めの1枚~ジャズ・器楽編は、1940年代から2000年代初頭までの60年もの間、ジャズ・ピアニストとして、アメリカ・ジャズ界の第一線で活躍し、50枚近くのリーダー・アルバムや、70枚近くの共演アルバムを発表し、ジャズ・トラペット奏者マイルス・ディビス、ディジー・ガレスピー、クラーク・テリー、リー・モーガン ジャズ・サクソフォン奏者コールマン・ホーキンス、ソニー・ロリンズ、ソニー・スティット、ハンク・モブレー、ベニー・ゴルソン ジャズ・ベース奏者 ポール・チェンバース、パーシー・ヒース ジャズ・ドラマー ジョー・ジョーンズ、フィリー・ジョー・ジョーンズ等、数多くのジャズ界のトップ・アーティストと共演したレイ‣ブライアントが、1972年41歳の時に、23枚目のリーダー・アルバムとして発表し、全編ライブ・コンサートでのピアノ・ソロ演奏と言う当時のジャズ界では未だ珍しいスタイルが高い評価を得た「アローン・アット・モントルー (Alone at Montreux)」を選び、ご紹介したいと思います。 





レイ・ブライアントは、1931年12月24日にペンシルベニア州フィラアデルフィアで生まれました。  音楽環境に恵まれた家庭だった様で、母親は聖職者を務めながら、ピアノを独習しており、 父親もピアノの弾き語りを趣味としていました。レイは、母親にピアノの演奏法を6歳か7歳頃に教わり弾き始めていた様です。また聖職者で有った母親の影響で、幼少の頃から教会での演奏サークルにも参加しており、後に度々評論家等から言及されていた、レイ・ブライアントの演奏がゴスペルの影響を受けていることは、幼少期からゴスペルを始め、教会での音楽に触れあっていたことに由来している様です。 bその後10代前半にはそれ迄レッスンしてきたクラシック音楽のピアノからジャズ・ピアノに転向し、加えて中学校ではバンドでコントラバスも演奏していた様です。





そして15歳の頃に地元のプロのバンドに参加することになり、そこで 3 年間活動した後 、レイ・ブライアントはギタリストのタイニー グライムズ とツアーを行ったり、ニューヨーク州シラキュースを拠点に 1 年間ソロ ピアニストとしての活動もしていました。そして地元 フィラデルフィアに戻った後は、ナイト・クラブで約2年間ディキシーランドを演じたりしていましたが、1953年にフィラデルフィアのブルーノートクラブでハウスピアニストになったことがきっかけで、ジャズ界で本格的に注目を集め始めます。レイ・ブライアントは 1956 年までフィラデルフィア・ブルーノートのハウス・ピアニストを務めますが、この間、ジャズ・サクソホン奏者レスター ヤング、チャーリー パーカー、ソニー スティットやジャズ・トランペット奏者マイルス デイビスなどの、当時のジャズ界をリードしていた多くの主要なプレーヤー と共演する機会に恵まれます。特にマイルス・デイヴィスとソニー・ローリンズはレイ・ブライアントの演奏を気に入り、1955年にニューヨークでの自分たちのアルバム録音に参加する様に伝えます。





その後もジャズ界での注目を集めてきたレイ・ブライアントは、当時のジャズの有力レーベルのプレステージ レコード から専属ピアニスト的な依頼を受け、ジャズ・ドラマー アート テイラー や、ジャズ・サクソフォン奏者コールマン ホーキンス 等著名ジャズ奏者との共演アルバムを同レーベルから発表した他、1957年から2年間はいくつかのリーダーアルバムも発表しました。またこの時期、レイ・ブライアントは、当時のジャズ・ヴォーカル界で有力アーティストとしての立場を確立していたカーメン・マクレーの伴奏者も務めていました。その後もレイ・ブライアントは、1957 年から4 か月間、当時ジャズ界のリーダー格のアーティストの一人で有ったジャズ・トランペット奏者のディジー・ガレスピーのバンドにも参加していた他、 同じく著名アーティストのジャズ・ドラマーのジョー・ジョーンズトリオの一員としても活動し、ジャズ界での名声を徐々に確立して行きます。





この様にニューヨークを拠点に活動するジャズ界のトップ・アーティストと共演することが多くなったレイ・ブライアントは1959年からニューヨークに定住することを決めました。 ニューヨークでは彼は主流のジャズと新しいハード・バップの両方を演奏し、多くの経験を積み、この事はその後のレイ・ブライアントのアーティストとしてのキャリアに大きく役立つことになります。





ニューヨーク定住後もレイ・ブライアントはジャズ・ヴォーカル界のレジェド エラ フィッツジェラルのバンドにピアニストとして参加したり、ジャズ・サクソフォン奏者ベニー・ゴルソンやオリバー・ネルソンと共演し、次々とアルバムを発表する等、ますます積極的に演奏活動を行う様になります。





またこの頃から約 10 年間、自身がリーダーのピアノ・トリオを率いての活動も行っていましたが、弟であるトミー・ブライアントやジミー・ロウザーなどのジャズ・ベーシストと、ウォルター・パーキンス、ミッキー・ローカー、グラディ・テイト、フレディ・ウェイツなどのジャズ・ドラマー等、実力派アーティストがレイ・ブライアントのトリオに参加しており、 そのピアノ・トリオのリーダーとしての評価も高くなり、1960 年にプロデューサー兼アーティストのジョン ハモンドの仲介で、当時の有力ジャズ・レーベルの一つコロンビア レコードとの契約も果たしました。この期間、レイ・ブライアントは作曲活動も精力的に行っており、この頃発表したアルバムのために書き下ろしたブルース曲ヒット 「リトル スージー」は、後にリズム&ブルース調にアレンジされ、見事ビルボードヒットチャートの R&B 部門で 12 位にランキングされました。









その後、レイ・ブライアントは新興ジャズ・レーベルで有ったCadet Recordsに所属することになりましたが、ここでは「トリオからオーケストラまで、さまざまな状況で彼を録音しました。素材の範囲もさまざまで、ジャズスタンダードとその日のポップヒットをミックスしました.」 と本人が語っている様に、正式に勉強していないにもかかわらず 管楽器とストリングスの編成の曲のアレンジまでする様になり、このレーベル内での重要な役割を果たします。この様な新しい試みは彼のその後の活動の幅を拡げることに役立った様です。









1970年代に入ると、レイ・ブライアントは主にトリオ、デュオとソロの形態で録音・アルバム制作活動やライブ活動を行う様になります。1972 年に開催された世界のジャズ・フェスティバルの中でも最も注目されているフェスティバルの一つ モントルー ジャズ フェスティバルでの、ソロ・パフォーマンスを行いました。この時はレイにとって初めてのヨーロッパ旅行であり、且つ何千人もの聴衆の前で演奏するのも初めてで不安を感じていましたが、演奏は成功し、世界中の多くのジャズ・ファン、評論家から称賛され、その後、レイ・ブライアントはソロ ピアニストとしても多くの仕事を得るようになりました。 この演奏のライブ録音盤が今回ご紹介するアルバム『アローン アット モントルー』です。     その後はヨーロッパでの演奏を招聘されることも多くなり、度々欧州演奏ツアも行っていた様です。。 また、1970 年代後半くらいから、音楽性に幅を持たせれる様ににエレクトリック ピアノを演奏することもあった様です。





1980年代に入ると、レイ・ブライアントは当時女性ジャズ・ピアニストの第一人者として人気を誇っていたマリアン・マクパートランドピのアノ・ジャズのラジオ番組にゲスト出演したりして、更に名声や人気を高めていた様です。 またこの頃は欧州や日本等へのツアーも行う一方、拠点のニューヨークに居る時は、トリオでのライブ演奏を精力的に行っていました。





その後、1976 年から 1980 年にかけては、レイ・ブライアントは当時ジャズ界で、ジャズ・ピアニスト オスカー・ピーターソン、ジャズ・トランペット奏者ロイ・エルドリッジ等の著名アーティストの起用による多くのアルバム発表で注目されていた、パブロ レコードと契約し、このレーベルから5 枚のアルバムを録音しました。





1990年代に入ってからは、レイ・ブラウンは既にジャズ界で名声を確立していたジャズ・ドラマー ルイス・ナッシュとトリオを組み、レコーディングを行ったり、ソリストとして国際的なツアーを続ける一方、100ゴールデン・フィンガーズという、ケニー・バロンやジョン・ルイスら4人のジャズ・ピアニストとのグループで日本とヨーロッパでのツアーを行い、話題を集めていました。彼は1997年にニューヨークでベニー・ゴルソンと演奏した。 .





2000年代に入ってからもヨーロッパと日本への演奏ツアーを行っていましたが、身体の具合が優れないことも有り、徐々にスケジュールを減らし、その後は長い闘病生活に入っていましたが、2011 年 6 月 2 日、ニューヨーク州クイーンズで 79 年の生涯に幕を閉じました。





今回ご紹介する『アローン・アット・モントルー (Alone at Montreux)』は、1972年41歳の時に出演したモントルージャズフェスティバルでのソロ演奏を収録した、レイ・ブライアントにとっては23枚目のアルバムでの、アトランティック・レコードから発表されました。













レイ・ブライアント





Ray Bryant





アローン・アット・モントルー





Alone at Montreux 





このアルバムは、当時所属していたアトランティック・レコードから23枚目のリーダー・アルバムとして発表したライブ録音アルバムです。               

レイ・ブライアントにとっては初めての欧州ツアーで、且つモントルー・ジャズ・フェスティバルという大舞台でのソロ演奏に関わらず、気後れすることなく、持ち前の力強いタッチと、繊細な曲解釈で、「Willow Weep For Me」、「Rockin' Chair」等のスタンダード曲や、「Little Suzie」等のオリジナル曲の素晴らしい演奏を繰り広げています。BarBarBar音楽院は、長年ジャズの街横浜で、現役一流ジャズ・アーティストの講師陣によるレッスンを提供して参りましたが、当音楽院でジャズ・ピアノやジャズ・サクソフォンやジャズ・トランペット、、ジャズ・ベース、ジャズ・ドラム等のレッスンを受けている方、そしてこれから当院でこれらの楽器のレッスンを受けようと思っていらっしゃる方にも、このアルバムではジャズのスタンダード曲を始めジャズの名曲の演奏が収録されていますので、ご参考用に是非お薦めしたいと思います。





< 収録曲リスト>






  1. "Gotta Travel On" 




  2. "Blues#3"




  3. "Willow Weep For Me" 




  4. "Cubano Chant" 




  5. "Rockin' Chair" 




  6. "After Hours" 




  7. "Slow Flight"




  8. "Greensleevs"




  9. "Little Suzie"




  10. "Until It's Time For You To Go"




  11. "Blues #2"




  12. "Liebestraum Boogie"






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